5年

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今日で5年。

あの夜は星がとても美しかったらしい。

ニコを抱いて避難したビルの屋上では雪が舞っていて、
雪を見上げながら「なんて無情なんだろう」と思っていたから、
その雪が止んでからの空が、きっと美しかったのだろう。

でも、あの日の自分には空を見上げる余裕がなかったなー。

幸いだったのは、
けっこう早い時間に家族全員の無事を確認できたこと。
私の家族の中では自分とニコが一番危険に近い場所にいたので、家族を心配しなくてもよかったこと。

そして非難した屋上では、みんなが優しく支え合っていたこと。
誰もが初めて経験するような恐ろしい出来事の中で、それぞれが他者をいたわり合っていたと思う。
私の小さな家族であるニコも、その輪の中にあたり前のように入れてもらえたこと。


数日間は車で寝て、
明るい時間帯に家に戻り片付けなどをして、

驚いたのは、震災の翌朝も朝刊は届いたということ。
私の家は女性の方が配達員なのだけど、その方によってちゃんと届けられたのだ。
頭が下がる思いだった。





↑のポストカードは、翌年(2012年)の6月に
イングリット・フジコ・ヘミングさんのチャリティコンサート会場の隣で開催されていたもの。
あの震災により犠牲になった中には、人間以外の多くの生き物たちもいた。

愛猫家としても有名なフジコさんは、
コンサートの収益金はすべて動物愛護団体と震災復興のために活動している団体に寄付したのだ。

フジコさんのCDも持っているし、テレビでも拝見(拝聴)していたものの、
生で聴く演奏は本当に素晴らしかった。

特に「ラ・カンパネラ」と「夜曲」が心に残っている。












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(今日の朝刊より)


私などは、ライフラインが復旧するに従い徐々に普通の生活に戻ることができて、
今があるけれど、

5年前のあの日、
人生が大きく変わってしまった人たちがたくさんいるということ。

あの震災の直後、
「昨日までの普通の生活がどんなに素晴らしかったか」と、
避難のためにビルの屋上に停めた車の窓から美しい青空を見上げ
泣きたい思いだった。

その時の気持ちをついつい忘れがちになってしまう自分がいて、
そういうことも含めて、
大切なことを思い出す日にしようと思う。



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家に戻って寝れるようになってから、ニコと。
まだロウソクの灯りで、
灯油のストーブはご近所さんが貸してくれたもの。
ニコが見つめているのは、ご近所さんから届けられたおにぎり。

食材を調達するのも大変な数日間があり、
ガソリンも買えず、
(震災により交通網もマヒし、色んな物資が届かなくなったのだ)
でも、周りのみんなと笑顔で支え合っていたな~と思います。




今日の朝刊に、仙台在住の作家である伊集院静さんの文章が載っていました。

その一部ですが、

5年目の春を迎えた。
天上へ行った人々。
海の底に、土の下に眠る人々。
哀しみだけを想うのをやめなくてはならない。
どんなに短い一生でも、そこには四季があったという言葉がある。
笑っていた日を想うことが、人間の死への尊厳ではないか。

美しいものとむごいものが隣り合わせているのが私たちの生命としたら、
さあ今日から美しいものを信じて、
自分の足で歩きはじめよう。


心にすっと入る文章でした。
















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by funfunniconico | 2016-03-11 13:12 | 日常あれやこれや・・ | Trackback