SHIZUKU

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梅雨明けまだってのもあり、
毎日
雨ばっかりです。。


昨日の朝、庭に出てみたら、あちこちに・・



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クモの巣。



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クモは、雨に強いのかな~??



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昨日はね、16年前にファンキ~に出逢った日なのです。



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出逢った日のことを、今でもとてもよく覚えているというのに・・・

もう16年も経ったのだなー。。。



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昨日は、ずっと見れなかったキャバとファンキ~の昔のビデオを見ました。

見れなかった理由は・・
辛くなる自分がいるのを知っていたから。

だから、以前のブログも消してしまったのです。
ブログ本を作ったから、見たくなればそちらを見ればいいのだけど・・・、けっきょくは見てない。



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楽しかった思い出の方がずっとずっと多いはずなのに・・・、

ビデオの中の彼らは愛らしさで満ちているのに・・・、

「あ~、この頃には毛艶が悪くなってるなー」とか、そんな事を見てしまう。

自分は、
どこまでいい飼い主でいれたろうか  とか、
どこまでちゃんとケアしてあげられたろうか  とか、

色々と考えちゃうんですよねー。

完璧ではない自分を知っているから、悔いるのです。





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少し前の早朝なんですが・・、

ニコと散歩に出たら、弱った小雀を見つけました。

巣立って間もない頃だったのでしょうか・・・、

でも、もう飛べません。
飛べないどころか、普通に歩くこともできません。

おそらくは、車か何かにぶつかり、頭を強打したのでしょう。
前に進もうとするとデングリガエシの様に転がってしまうのです。

「連れて帰っても、すぐに死んでしまうだろう」
そう思い、一度はそのまま立ち去ろうとしました。

でも、振り返ってみれば、ちょっとした坂道をデングリガエシの様に転がって行く小雀がいて・・、

このままにしていたら、きっと野良猫かカラスに食べられてしまうだろうと思いました。
それも自然の摂理なのかも・・とも。

けれど家に連れて帰れば、たとえすぐに死んでしまうにしても、砂糖水くらいは飲ませてあげられるだろう・・

そんな風にも思い、
けっきょくは放っておけなくて、小雀を抱いて家へと帰りました。

ニコも、小雀を捕獲する時も、連れて帰る間も、とても協力的でした。
「ちゃんとわかってくれてるんだな~」って思いました。


小雀はね、
私が数時間ごとに与える水(蜂蜜を溶かしたり、色々としてみました)を飲み、
一時はずっと元気になった様にも見えました。
もしかしてもしかしたら、奇跡は起こるんじゃないかな~なんても思いました。
できれば、野生に戻してあげたい。
でも、バランスを失ってしまっているから無理かも知れない。
それなら一生面倒をみようとも思いました。



だけど・・、
夜の帳が下りるのを待っていたかの様に、
眠った様に息を引き取りました。

苦しんだ様子がなかったのが幸いでしたけど、



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その時もまた、自分の無力さを知り、悲しかったですねー。

数日間は、雀を目にする度になんだか辛かった。


だって、
やっと飛ぶ事を覚えた小雀がね、
ついこの間まではお母さん雀と一緒にいたであろうのに、
色んなことがこれからだったであろうのに、
死んじゃったんだもの。


小雀は、翌朝、父ちゃんと一緒に庭に埋めました。



それでもねー、

キャバやファンキ~に私がしてあげられなかった分も、
小さな小雀に私がしてあげられなかった分も、

ニコやB.Bにしてあげなくてはいけないって思うのです。

それが、
キャバやファンキ~や、
小さな小雀が私に教えてくれた事で、

そして、それに報いることだと思うのです。



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今日も雨ですが、
今日は休みの父ちゃんと、それからニコと、
キャバとファンキ~に会いに行って来ます。
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Commented by cisco-noodle at 2013-07-28 05:53
命を見つめるっていうことは、死を見つめるっていうことでもあって
実は「生きている」っていうことが「死がやってくる」ということと
切っても切れない関係であることを、自分たちは時々忘れてしまう。
小さな命が「生きよう」とする本能に寄り添うことは
とてもとても辛いんだけれど、大きなものを与えてくれるように思います。

自分はけっこうまじめに仏教徒なので
「また会おうね」って送り出します。
いつか、また、どこかで会おうね。来世でね。

ありがとう。
Commented by chiemom at 2013-07-28 09:30 x
本当にそうだと思います。
自分が生きてきた中で出会った動物達 その子達を見送ってあげた後の後悔などが今の子達に反省となって反映していく・・・。
私もいつも次の子にはってそう思っています。でも きっとこれには限りがないものなのでしょうね。何時も何時も後悔して終わっている。
やっぱり今まで見送った子の事を思い出すと寂しくて会いたくなりますよね。
雀 残念だったけど・・・きゃふぁにこ♪さんはやっぱり見過ごすことができなかったのね。
最後に甘い汁を喉に通して喜んだでしょうね。
Commented by funfunniconico at 2013-07-28 20:05
☆ちびえさんへ☆
小さな小雀を掌にのせた時の温もりは、本当に愛おしくて・・
なんとか助けてあげられたなら、よかったんだけどなー。
せっかく生まれて来たのに、なんて短い一生だったろうと思ったら、
すごく切なかったよ。

キャバが亡くなった後に読んだエッセイに、
「桜はきっと散る。早い遅いこその違いはあれど、きっと散る。」という様な文章を読み、
深く納得したものでした。

私は、無信仰だけれど、「いつかまた逢える」という事は信じているの。
いつかきっと・・・
Commented by funfunniconico at 2013-07-28 20:13
☆chiemomさんへ☆
命を引き受けた以上は、いつかは見送るという覚悟も引き受けなければいけない事だと、
よくよく分かってはいるけれど、
それに慣れるって事はなくて・・、
小さな愛しき命を見送った後は、いつも自分の未熟さや無力さを考えます。
小雀ちゃんの時もねー、
自分は放っておけなくて連れ帰ったものの、
小雀ちゃんは知らない人間の腕の中で不安で一杯だったかも知れないし~、
無駄に命を長引かせてしまって、かえって苦しめやしなかったかと思いました。

愛しきもの、
優しきもの、
儚きもの、

そんな感じですかねー。。。
Commented by panierr at 2013-07-29 23:04
偶然にも雀の記事を出したばかりだったので
驚きました。。
切なくて泣きそうになりました;ー;
私もきっと、看取りたい、奇跡は起きるかも!
こちらにかけたと思います。
野鳥が弱るときは、そういうことだと昔祖父が言ってたのを
思い出しました。
きっと最後は少しでも幸せな、温かなぬくもりの中で
旅立てて良かったときっと思ってくれていますよ
Commented by funfunniconico at 2013-07-30 09:32
☆panierrさんへ☆
少し迷いながらも・・
脳か何かにダメージを受けていて、ちゃんと歩けない小雀を自分の手の中に確保した瞬間から、
私は、「なんとか守ってあげたい!助けてあげたい!」と一途に思いました。
私の掌に伝わってくる小雀のぬくもりは、とても愛おしいものでしたよ。
けっきょくは助けてあげられなかったんですけどねー。。。。。
車を運転してる時とか、前よりももっともっと気を付けようとか思ったりします。
けっこうぶつかりそうになる小鳥とかいるでしょ~?

優しいコメント、ありがとうございます。 ^^
by funfunniconico | 2013-07-28 05:02 | 日常あれやこれや・・ | Trackback | Comments(6)